INTERVIEW
2018.07.31

東洋美術印刷㈱ 山本社長に訊く ニーズに寄り添う文化で生まれた「UCDメソッド」とは

採用面接や提案営業の初回訪問時など、誰かと会うときに短い時間でも強い印象を残すには――。

組織のトップには日々多くの人が訪れる。経営者の視点から見た「記憶に残る人」、「もう一度話を聞きたくなるビジネスパーソン」の特長とは何だろうか?経営者自身が実際に心がけているポイントも聞ける経営者インタビュー『PERSON ~印象に残るあの人~』。

東京都千代田区に本社を置き、今年で83年目を迎える老舗企業の東洋美術印刷株式会社。会社名に「印刷」と付くものの、手掛ける事業は印刷業務の域をはるかに超える。業界としては珍しく社内に22名ものクリエイターを抱え、顧客の「伝えたい」を、あらゆる"手法"と"コンテンツ"で表現。近年多くの企業が注目する「ユニバーサルコミュニケーションデザイン(UCD) ※1」を、他社に先駆け取り入れた企業でもある。

世の中の流れを読み、他社には無い個性輝くサービスが誕生した背景について、東洋美術印刷株式会社 代表取締役社長 山本久喜氏から創業100周年を見据えたサービスと戦略についてお話を伺った。

「お客様に情報をきちんと伝えるためのアイデアを探していました」

―御社はデザイン性の高いサービスを多く創出されています。そのなかでも精力的に取り組まれているユニバーサルコミュニケーションデザイン(以下UCD)に配慮したデザインを制作されることになったきっかけは何だったのでしょうか。

私たちは金融機関や生命保険会社のお客様と長くお付き合いただいておりますが、近年、業界の流れとして書面の分かりやすさを重視されるお客様が増えてきました。どちらの業界も多くの帳票を扱っていますが、生命や財産に関わる重要な内容のため、書面できちんとお伝えしなければなりません。情報の送り手である企業と、受け手である消費者の二者間で齟齬がないようにしなければなりませんが、分配型の投資信託で知らないうちに元本が凄く減っていたという高齢者トラブルも起きてしまっているのが現状です。

こういったトラブルは、カタチの無い商品へのイメージがしづらいこともありますが、関連文書のわかりづらさも問題に挙げられるのではないでしょうか。人間が、受け止められる情報量には限度があります。伝えたいことを全て書面に押し込めば良いというわけではありません。金融庁から書面を是正する指導もあり、お客様に情報をきちんと伝えるためのアイデアを探していました。

―印刷だけでなく、デザインの課題に向き合われたのですね。

私たちは20年前からデザイン制作に力を入れており得意としていたので、お客様のニーズにお応えできるよう、デザインのあり方を模索していました。単純にキレイとかカッコイイだけではない、"正しく伝える"ための手法です。そうして探しているうちに、一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会(UCDA)※2と出会ったのです。UCDの考え方を取り入れて、社内のデザイナーや営業がレギュレーションやルールを学び、資格を取得しました。

「分かりやすさに配慮してデザインしているという面で強みになりますね」

―どれくらいの方が資格を取得されたのですか?

金融関連のお客様を中心に活動している営業部員は全員取得しました。デザイン制作に関わるスタッフは、ほぼ全員が取得しています。このようなスキルを持っているデザイナーが分かりやすさに配慮してデザインしているという面で強みになりますね。

―具体的にはどのようなご提案をしているのですか?

分かりやすい書面作りに配慮している、といっても第三者が評価しているわけではないのでお客様も自信が無いとか、「もっと良いデザインにしたい」というお声をいただきます。そのようなご要望に我々は、UCDAが開発した「DC9 ヒューリスティック評価法」を活用したデザイン改善手法をご提案しています。

これは、情報が伝わらなくなる阻害要因を9つの観点で抽出し、分析する手法で、印刷物などのデザインの問題点を発見するうえで役立ちます。書面の面積の中に19%以上を情報が占めると人は読みたくなくなるとか、書体のサイズは何ポイントが適しているとか。統計に基づいて分かりづらさを視える化し、分析することで、浮かび上がってきた課題をクリアするようなデザイン制作が可能になりました。

―業界的にも先進的な取り組みで、これからも広がりが期待できますね。

そうですね、こういったことは金融業界・生命保険業界に限らず、さまざまな業界で共通して抱えている悩みです。商品の良さをしっかり伝えるという意味で、商業印刷では今後もっと必要とされてくる知識でしょう。今ではUCDAの賛助会員4年目となり、UCDの普及のために「UCDAの窓口」として活動しています。UCDをふまえてデザインをしている制作会社は少ないので、これからも我々が引っ張っていきたいと思います。

「お客様の立場に立ち、何がベストな提案なのかを考えていく必要があります」

御社は他にもデザインサービスを手掛けていらっしゃいますね。
文様百趣※3はどのような背景から誕生したのでしょうか?

文様百趣は、以前から実在の伝統文様をデータ化していたデザイナーの方がいらして、その方から受け継ぎました。データとして販売をスタートさせたのは4年前からですが、最近はお客様の製品とコラボレーションしてご提供するサービスも行っています。伝統文様はデザインが美しいだけでなく、「青海波」は平穏な暮らし、「亀甲」は長寿の願いなど、先人の想いが込められていますから、お客様の製品に意味を持たせ、表現の幅を広げることができます。

―顧客のニーズを掴んだサービスを次々に展開されていらっしゃいますが、印刷会社の枠を越えた取り組みのように感じます。どのような考えがあるのですか?

私たちは私たちの事業を、「コミュニケーションサポート事業」と言っていますが、それはお客様の「伝えたい」を表現することです。ですから、その手法は必ずしも紙ではないかもしれません。最近私たちが力を入れているのが動画です。近年は身近に動画が見られる環境が増えていますが、動画コンテンツを提供できる会社はまだまだ多くありません。そこにチャンスがあると思います。

―紙媒体だけに捉われないというのは、印刷業界の流れでもあるのでしょうか?

そうですね。これまでは印刷物を提供すればよかったですが、モノが豊かになり、個々のニーズが幅広くなりました。私たちもお客様の立場に立ち、何がベストな提案なのかを考えていく必要があります。

例えば、「帳票の書き方を分かりやすく伝えたい」といったニーズがあったとします。そこで、紙の帳票のレイアウトを分かりやすくデザインするだけでなく、記入例を動画で説明したらいかがでしょうという提案をします。今は「紙+デジタル」の時代、良いところを組み合わせていくことが大事です。お客様の根底にあるニーズをどうすれば満たすことができるか、何を伝えたいかによってメディアをチョイスするのです。

私たちの会社案内にも、印刷に関することは少ししか書いていないんですよ。20年後の100周年に向けて「サステイナブル」と「アート」というキーワードを軸に広がっています。

―「サステイナブル」と「アート」をキーワードとされたのはなぜですか?

「サステイナブル」とは、100周年を迎えたときにも価値ある仕事を提供していこうという想いから。「アート」は、その名の通り、美しく、正しくという意味です。この2つを私たちのベースとしてサービスを提供していくことを意識しています。工業としての印刷業と言うのは、最新型の機械を何台も並べて、いかに安く早く、という考えで、成長している会社もたくさんあります。ただ、私たちのやり方は少し違うし、同じことをやっていても厳しいのかなと。お客様の内面・想いに寄り添っていくという文化ですね。私たちはそういうスタンスです。

「従来のオフセット印刷ではできない領域にチャレンジしていきたい」

―今後新しいことをされる予定はありますか?

印刷物の表現は技術進化が激しく、デジタル化が進んでいます。以前は、インクジェットプリンターはオフセット印刷に品質では敵わないし、スピードでも負ける、大量印刷ではコストが高いというデメリットがあると言われました。しかし、今ではメーカーさんの努力で課題がクリアされてきています。私たちは積極的に取り入れて、品質の基準をクリアしたプリンターを採用して、従来のオフセット印刷ではできない領域にチャレンジしていきたいと考えています。

―インクジェットは次の時代の主流となりそうですね。

これからのニーズは「パーソナライズ」と「小ロット」。紙離れと言われていますが、まだまだ紙は無くなりません。従来のオフセット印刷と、これから進化するインクジェット。どちらも手法として取り入れることで、あらゆるニーズにお応えできます。私たちは”シームレス”と言っていますが、必要なロット数に縛られず、お客様のニーズ・目的に合わせてどんな形でも提供できる、そういう準備ができたなと思います。

専門分野に留まらず、お客様の目的を解決するために動く。必要な知識が無ければ取り入れる。そのスタンスは顧客の内面に寄り添う営業精神からくるものだろう。かつ、自社のカラーである「美しく表現すること」も欠かさない。本物のプロには、ポシリーとなる軸がありながら他者の希望を受け入れる余裕がある。ビジネスで良い印象を受けるときも、やはりそういった懐の深さが感じられるときのようだ。

「多くを知っているというよりも、自分のやりたいことが明確になっていることが大事です」

―社長が思う「印象に残る人」とはどういう人ですか?

難しい質問ですね。個性があっても、印象に残るとは限りません。…やはり人間性ですかね。多くの人とお会いしていると、「この人懐深くて中身があるな」と感じると、この先も付き合っていきたいなと期待感が高まります。短い時間でも色々な事をご存知だなということが分かると、もう一度会いたいと思いますね。

―新入社員も同じですか?

学生に関しては違います。多くを知っているというよりも、自分のやりたいことが明確になっていることが大事です。自己アピールを暗記して喋るのではなく、根拠がある自分の想いがあって、プレゼン・主張できる人が輝いて見えますね。それはどんな方法であっても良いと思います。

―コミュニケーションについてはどうですか?

自分の話したいことを言って終わり、ではなく、インタラクティブできちんと相手の言っている事に耳を貸せる人はこれからもコミュニケーションをとっていきたいと思いますね。日本人の場合は交流が苦手なので、初対面の人といきなり全てを分かりあったりすることはなかなか無いですよね。何回か会話のキャッチボールをして、お互いを理解していくことが大事です。

―WATASHINOではパーソナルカラーに関する情報をお届けしていますが、社長が普段身に付ける物でお好きな色はございますか?

私は青が好きですね。一度パーソナルカラーに関して聞く機会があって、私はオータムとかの暖色系が似合うと言われたことがありますが…でも青が好きです。自分の好みと相手から似あうと思われる色は違うものなんですね(笑)

※1 ユニバーサルコミュニケーションデザイン(Universal Communication Design、UCD)
「情報の送り手と受け手の間にある障壁を取り除き、伝達効率を高めるためのデザイン」のこと。

※2 一般社団法人 ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会(UCDA)
生活者の生命・財産にかかわるコミュニケーション分野を中心に、第三者機関として「わかりやすさ」の認証制度を行っている。産業・学術・生活者の第三者による研究および評価・改善活動で情報の伝達効率を向上させ、発信者である企業・団体と、受信者である生活者、双方の利益に資することを目指している。 http://ucda.jp/

※3 文様百趣
東洋美術印刷株式会社が提供する伝統文様データのアーカイブ及びそれらを使用したデザインブランド。日本と世界各地から集められた伝統文様が「花・動物・波・雲・唐草・小紋」などに分類され、2200点以上が揃っている。実際に存在する陶器や着物に描かれていた伝統文様をピックアップして、良質な資料の重要部分を抽出してデジタル化。デザイナーが使いやすいようにAI形式、PSD形式、JPEG形式のデジタルデータで販売している他、自社デザイナーが新たに開発した文様デザインの提供も行っている。


  • 山本 久喜
  • 山本 久喜
    Hisaki Yamamoto

    東洋美術印刷株式会社 代表取締役社長
    1962年生まれ
    1985年慶応義塾大学商学部卒業
    1993年慶応義塾大学大学院経営管理研究科卒業
    1985年富士ゼロックス株式会社入社
    1991年東洋美術印刷株式会社入社
    2004年より現在まで、同社代表取締役社長

    Favorite color:青

  • 東洋美術印刷株式会社
  • 東洋美術印刷株式会社

    所在地/東京都千代田区

    概 要/印刷各種事業、デジタルメディア事業、コンテンツサービス事業など

取材後記

古くから叫ばれてきたペーパーレスですが、紙が完全に無くなることはありません。需要減退が予想される業界が顧客から選ばれる企業になるためには他社に秀でた特徴が必要になりますが、それは必ずしも専門領域に限るわけではないことが、山本社長のお話から分かります。顧客が本当に求めていることは何なのか、一歩寄り添う気持ちが永続的に価値あるサービスを生み出し、企業を進化させるのだと思いました。

文/四宮真梨恵
写真/小野優衣
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